AIやデジタル技術が急速に進化し、社会やビジネスの前提が数年単位で書き換わるようになりました。こうした時代に「未来をどう見るか」「どのような未来を望むのか」という問いは、もはや一部の専門家だけのテーマではなくなっています。
本記事では未来を考えるための枠組みとしての「未来洞察」と、未来を具体的なイメージとして描き出す「スペキュラティブデザイン」を取り上げ、その必要性と実践の方向性について整理します。
未来を考える意義
まず、なぜわざわざ未来のことを考える必要があるのか、その前提を確認します。ここでは、時代背景と、未来像がもたらす効果、不確実性との付き合い方という三つの観点から整理していきます。
変化のスピードが増す時代背景
近年の社会やビジネスの変化は、これまで以上に速く、複雑になっています。
新しい技術やサービスが登場しては短期間で普及し、それに合わせて人々の行動や価値観も変化します。昨日まで「当たり前」だった前提が、数年後には通用しなくなることも珍しくありません。
こうした状況では、過去のデータや経験だけに頼った判断では限界が見えてきます。
これまでの延長線上に未来を引き伸ばしただけでは、不意に訪れる変化に対応しきれないからです。変化のスピードが増すほど、「これから起こり得ること」に目を向ける必要性は高まっています。
未来像が現在の選択を変える
未来を考えることには、もう一つ重要な意味があります。
それは描いた未来像が、いまの意思決定に影響を与えるという点です。
例えば「人口が減少していく社会」を前提にするのか、「多様な働き方が当たり前になった社会」を前提にするのかで、投資の方針や事業の設計は大きく変わります。どのような未来を想定するかによって、次のような部分が変化します。
- どこにリスクが潜んでいるとみなすか
- どの領域に資源を集中させるか
- 何を優先して守り、何をあえて捨てるのか
未来像は単なる空想ではなく、現在の行動を方向づける「コンパス」として機能します。
「わからなさ」と付き合うためのリテラシー
一方で未来は本質的に不確実です。
「正解」があらかじめ用意されているわけではなく、どれだけ分析しても外れることもあります。だからこそ、未来について考える際には、次のような姿勢が求められます。
- 一つの予測に依存しすぎない
- 複数の可能性を並行して扱う
- 状況が変わったら前提をアップデートする
未来洞察は「当たりそうな予測」を一つ当てることではなく、「わからなさ」と付き合いながらも動き続けるためのリテラシーを育てる営みだといえます。
未来洞察がもたらす視点
ここからは未来洞察が具体的にどのような視点をもたらすのかを整理します。重要なのは、単に「未来のトレンド集」を眺めることではなく、変化の構造を読み解き、組織の思考を長期にひらいていくことです。
環境変化を読み解くフレーム
未来洞察では社会、技術、経済、環境、政治など、さまざまな要素を横断的に見ていきます。バラバラなニュースやデータをそのまま追いかけるのではなく、次のような問いを通じて整理していきます。
- どの領域で、どのような変化が生まれているか
- それらの変化は互いにどう影響し合っているか
こうして見えてくるのは「単発の話題」ではなく「変化のストーリー」です。
例えばリモートワークの普及という表面的な変化の裏には、都市構造の変化、働き方への価値観の変化、家族やコミュニティのあり方の変化が連なっています。未来洞察は、この連なりを読み解くためのフレームを提供します。
複数の未来シナリオを描く
未来洞察の重要な特徴の一つが、「シナリオ」という形で複数の未来像を描くことです。
一つの予測にすべてを賭けるのではなく、いくつかの異なる未来を並べて検討することで、次のような効果が生まれます。
- 楽観的なケースと悲観的なケースをあらかじめ想定できる
- 想定外の事態に対する準備の幅が広がる
シナリオは「当たりそうなものを一つ選ぶ」ためではありません。
どのシナリオであっても共通して重要になるポイントや、特定のシナリオでしか顕在化しないリスクや機会を見つけるための思考装置として使われます。
組織に長期思考を埋め込む
短期の数値目標や日々の業務に追われていると、どうしても視野は近未来に偏りがちです。
未来洞察は組織の中に「長期の問い」を持ち込む役割を果たします。
- 10年後にこの事業はどのような位置づけになっているのか
- そのとき、顧客や社会は何を求めているのか
こうした問いを対話の場に置くことで、現在進めているプロジェクトの意味づけも変わります。単に「今年の目標を達成するための施策」から、「望ましい未来に近づくための一歩」として再定義されていきます。
スペキュラティブデザインが必要になる理由
ここからは本記事の核となる問いに移ります。
なぜ従来のリサーチや戦略立案だけでは不十分で、スペキュラティブデザインのようなアプローチが求められているのでしょうか。
従来の問題解決型デザインの限界
これまでのデザインや企画の多くは「既に明らかになっている課題を、どう解決するか」という問題解決型のフレームで進められてきました。このアプローチ自体は非常に有効ですが、次のような限界も持っています。
- 目の前の課題やKPIに最適化され、前提そのものを疑いにくい
- 現行ビジネスや制度の範囲内でしかアイデアを出しにくい
例えば「このサービスのコンバージョン率を上げる」といったテーマの場合、多くのアイデアは既存の前提を前提としたまま検討されます。しかし、社会や技術が大きく変わる局面では、「そもそもそのサービスの形でよいのか」「この業界自体の姿は変わらないのか」といった、より根本的な問いが必要になります。
スペキュラティブデザインは、この「前提を問い直す」ための場をつくる役割を持ちます。
数値化できない「望ましさ」を扱うための器
未来を考えるとき、重要なのは「何パーセント成長するか」といった数値だけではありません。
「その未来は、人々にとって心地よいのか」「どのような不安や違和感が生まれるのか」といった、感情や倫理に関わる問いも同じくらい重要です。
しかし、こうした観点はデータ化・定量化が難しく、議論の俎上に乗りづらい領域でもあります。そこで有効なのが、架空のプロダクトやサービス、制度などを具体的なかたちとして提示するスペキュラティブデザインです。
- 実際には存在しないが、あり得そうな未来の道具やサービスを見せる
- それに触れた人々の「ワクワク」や「ざわつき」から、言語化されていない価値観を引き出す
こうしたプロセスを通じて、数値では測れない「望ましさ」や「違和感」を扱うことが可能になります。
未来を他者と共有し、議論をひらくメディア
未来について話すとき、抽象的な言葉だけではイメージが人によって大きく異なります。
「AIが社会に浸透した未来」と一口に言っても、ある人にとっては便利で快適な世界に見え、別の人には監視や管理が強まる不安な世界に見えるかもしれません。
スペキュラティブデザインは、こうした漠然としたイメージを、一度「具体的な世界像」として共有できる形に落とし込みます。
- 架空のニュース記事やカタログ、プロダクト写真などを用意する
- その世界で暮らす人のストーリーを描く
こうした具体的なメディアを前にすると、専門家でない人も議論に参加しやすくなります。
「この未来は好きか嫌いか」「この点は納得できるが、この点は不安だ」といった感覚を、共通の対象を通じて交わすことができるからです。スペキュラティブデザインは、未来についての議論をひらく「媒介」として機能します。
未来洞察とスペキュラティブデザインの実践軸
最後に未来洞察とスペキュラティブデザインをどのようにつなげ、実務やプロジェクトに活かしていけるのか、その軸となる考え方を整理します。
シグナルから世界観へつなぐ
まず未来洞察のプロセスで集めた「シグナル」や「ドライバー」が出発点になります。
シグナルとは、まだ主流ではないものの、将来大きな流れにつながるかもしれない弱い兆しのことです。
- 新しい価値観や行動様式の萌芽
- 技術の思わぬ使われ方や小さな実験
これらを単なる断片としてではなく、「もしこれらが当たり前になった社会があるとしたら?」という問いを通じて組み合わせ、一つの世界観として描いていきます。
この「世界観の構築」が、スペキュラティブデザインにとっての土台になります。
未来のプロトタイプから問いを引き出す
次のステップでは、その世界観の中に存在するであろう製品やサービス、制度などを「プロトタイプ」として具体化します。
それは実際に市場に出すための試作品ではなく、「未来を考えるための試作品」です。
- 架空のアプリのUIや、家電製品のモックアップをつくる
- 未来の市役所や学校のパンフレットをデザインしてみる
こうしたプロトタイプを通じて「この未来ではどのような摩擦が生まれるのか」「誰が得をし、誰が取り残されるのか」といった問いが浮かび上がってきます。
スペキュラティブデザインの目的は、答えを提示することではなく、関係者が共有できる問いを引き出すことにあります。
未来から逆算して現在の行動につなげる
最後に重要なのが「未来から現在を振り返る」という視点です。
描き出したスペキュラティブな未来像を前にして、「そうならないために」「そうなるために」、いま何ができるのかを逆算して考えていきます。
- すぐに着手できる小さな実験や、試行的なプロジェクト
- 中長期的に変えていくべきルールや仕組み
未来洞察とスペキュラティブデザインは、この「バックキャスティング」のプロセスと相性が良い組み合わせです。
論理的な分析によって方向性を見極めつつ、具体的な未来像を通じて、組織や社会が動き出すきっかけをつくることができます。
未来を考えることは、もはや贅沢な遊びではなく、変化の大きい時代を生き抜くための前提条件になりつつあります。
未来洞察が変化を読み解くための視点を与え、スペキュラティブデザインがその未来を具体的な世界として立ち上げる。それらを組み合わせることで、私たちは「与えられた未来」を受け入れるだけでなく、「望ましい未来を選び取り、つくり出していく」ための手がかりを手にすることができます
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